本原稿は、8月1日の「MONOist」で 掲載された記事「IIoTの課題解決ワンツースリー(4)」をIIoT Times用に、一部整えて、転載しています。

IIoT(産業用IoT)活用を上手に行うためには何が課題となり、どういうことが必要になるのか。今回は、IIoT先進企業としてドイツのシーメンスの取り組みを紹介する。

長期予測をベースとして戦略を立てるシーメンス

現在の製造業では、工場内の機器、設備、人の動きをインターネットでつなぎ、現場作業の効率化、見える化を目指す企業が増えている。これらの現場をネットワークで“つなぐ”ソリューションとしては、国内ではファナックが主導している「FIELD system(フィールドシステム)」、三菱電機のFA-IT連携基盤をベースとした「Edgecross(エッジクロス)」、ドイツのシーメンスが主導し現場からクラウド情報基盤までを一元化できる「MindSphere(マインドスフィア)」などが挙げられる。

その中でもシーメンスの「MindSphere」は、独自のビジョンで産業用IoTの将来像を描き、そこからバックキャストする形で開発を進めているということが特徴となる。シーメンスでは毎年、10年を超える先の長期予測「Picture of The Future(PoF、未来の絵)」を描き、これらをベースに事業展開を行っている。シーメンスのデジタルインダストリーズ事業において2002年に作成したPoF「未来の自動化と制御」では、人が工場の稼働状況をコンピュータで自動管理したり、ロボットが自律稼働して生産状況を確認したりする世界が描かれていたという。

シーメンスでは、今では当たり前となっているさまざまな機器にセンサーが付き、そこで集めたデータを人工知能(AI)が分析して稼働状況の把握や故障を予測し、作業効率の改善につなげるという現在のIIoTの姿を、2002年時点で予測していたということになる。本稿では、これからのIIoTの未来を見据え、シーメンスの次なる野望を探っていきたい。

インダストリー4.0を実現するデジタルツインとは

「Industrie 4.0(インダストリー 4.0)」は、2011年にドイツで提唱された概念であり第4次産業革命と訳される。蒸気機関の発明による第1次産業革命、電気による第2次産業革命、コンピュータによる第3次産業革命に続き、IoTなどによる生産自動化を第4次産業革命と位置付けている。具体的には、センサーや設備など、工場内のあらゆる機器をインターネットにつなぐ「スマートファクトリーの実現」を促進することが根幹にあり、サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)に基づく、新たなモノづくりの姿を目指すものである。

このスマートファクトリー実現を支える技術の1つに「デジタルツイン」がある。デジタルツインとは、生産ラインにおける機械や人の動き、製品の品質管理、入荷、出荷といったリアルの情報をデジタル化し、そのデータを基にシミュレーションなどが行える仮想空間を作り、現実の世界を再現することだ。これによって、現実の工場における理想的な運営や管理が可能となる。

つまり、現実の工場全体で起こっているパフォーマンスを、ほぼリアルタイムでバーチャルの世界を通じて把握できるようになるということだ。その結果、機器の予知保全、遠隔操作による製品管理、作業員の動きの管理、適切な生産ラインの構築など、多くのメリットを生むことができる。

「デジタルツイン」という言葉が本格的に広まったのは、米国の調査会社のGartnerによる2017年の戦略的テクノロジーのトレンド予測でトップ10に取り上げられたことがきっかけである。その中で「デジタルツインにはメタデータ、位置および温度などの状況や状態、イベントデータ、アナリティクスの組み合わせが含まれ、3~5年以内に、数億個のモノがデジタルツインによって表されるようになる」と予測された。さらに、2018年、2019年のトレンド予測でもデジタルツインはトップ10に入り、2019年の予測では「2020年までに、コネクテッドセンサーやエンドポイントの数が200億を超え、近い将来には数十億のモノに対するデジタルツインが存在するようになる」と発表されている。

シーメンスは、このデジタルツインの実現に向けて積極的な取り組みを見せている。シーメンス デジタルインダストリーズ(社内カンパニー)CEOであるクラウス・ヘルムリッヒ(Klaus Helmrich)氏は、デジタルツインについて「バーチャルな世界で工業製造の全過程をマッピングし、結び付けることで、包括的なデータのプールが構築できる。重要なのは、データ分析を活用することで、生産性の新たなポテンシャルを作り出すことである。オートメーション、ソフトウェア、ハードウェア、クラウドプラットフォームなど、先端技術が切れ目なく統合されると、データが価値のあるナレッジに変換され、性能と柔軟性の向上をもたらす。これがデジタル変革の次なるステップである」と説明している。

デジタルツインの未来

産業IoTの将来像を描くシーメンスだが、日本市場についてはどう捉えているのだろうか。国内でも数多く存在するIoTプラットフォームとMindSphereの違いや、日本の製造業における課題、シーメンスが考える未来の製造業の在り方などについて、シーメンス(日本法人)に話を伺った。

他のIoTプラットフォームとMindSphereは何が違うのか

Q: MindSphereとエッジクロスの違いは何でしょうか。

シーメンス: エッジクロスはエッジソリューションで、MindSphereはクラウドソリューションという点が大きな違いです。例えば「データを取って分析し、稼働率を上げたい」という課題に対しては、どちらでも対応出来ます。エッジソリューションの特徴は、高周期でデータサンプルを取ることができるという点です。そのため、リアルタイムに高速でデータを回し、何かの不具合を見つけてすぐにフィードバックをかけられます。強みとして、コントローラーとの親和性がとても高いことが挙げられます。一方で、サーバや産業用PCなどが必要になるため、初期投資がかかります。また、基本的には1つの工場の中で完結するため、工場での部分最適化のソリューションとして位置付けられると考えます。

一方で、クラウドソリューションであるMindSphereは、エッジのように1秒ごとにデータをやりとりして、瞬時にフィードバックするというのは、通信速度の関係上、難しくなります。また、セキュリティの問題もあるため、コントローラーのパラメーターを変えるということもリスクだと感じるはずです。ただし、ハードウェアを買う必要がないのでスモールスタートができますし、工場の外にデータがあるため、工場間、あるいはグローバルでの連携が可能になります。

このように、エッジとクラウドでは特徴が異なるため、顧客が何をしたいかによって選択することになります。エッジとクラウドの両方を使っている顧客も多くいます。また2019年のハノーバーメッセで発表しましたが、シーメンスでもエッジソリューションの提供は始めています。他のメーカーのコントローラーともつなぐことが可能です。

Q: 日本の製造業の課題として感じていることは何がありますか。

シーメンス: モノづくりにおいて、日本が特に強みとしている改善活動については、成果が出ています。また、現場の最適化も進んでいます。しかし、それを顧客に対する価値まで視野を広げて考えると、製造現場が目指すべきなのは「マスカスタマイゼーション」だと考えます。つまり、個別のニーズに応えていくということです。しかし、これを実現するには、さらなる少量多品種化を進めなければならず、これまでのアプローチでは実現は難しくなります。これらの課題をクリアするのが、「デジタルツイン」であり、これを構築することが目指すべきところだと考えます。

工作機械の現場を例にとると、現在はCAD/CAMでどう加工するかをシミュレーションした上で、実際のCNCにそれらのデータを入れて削ることになります。しかし、実際に加工を進めると想定していた状況と異なる場合が生まれます。現状では、現場でコントローラーを微調整して修正しながら加工を行っています。この時点で、コントローラーの加工プログラムとシミュレーションの結果が異なっているにもかかわらず、その2つのデータがつながっていないケースがよくあります。

デジタルツインでは、バーチャルからリアル、リアルからバーチャルが絶えずシームレスにつながっていなければなりません。そのために重要なことは、リアルで起こっていることを正確にバーチャルに伝える仕組みであり、それこそがIoTの役割になります。デジタルツインを作るために、IoTビジネスを展開することを目指して開発したのが「MindSphere」となります。また、生産ラインの最適化を考えた時、現状では「どのようなレイアウトが良いか」「タクトタイムがどうか」を、実際に生産ラインを作って検証し、1つずつ改善していくことが多くあります。しかし、デジタルツインで仮想空間にある工場でシミュレーションし、そこでどんどん最適化していった結果を、実際の工場でそのままレイアウトすれば、試作ラインの構築回数をゼロにはできなくても、少なくとも減らすことは可能になります。こうしたシミュレーションについては、シーメンスでは2000年頃から取り組んでいます。

Q: 工場で重要となる品質検査工程についてはどのようにお考えですか。

シーメンス: 現在は、AIを使って検査工程の速度を速めるシステムや製品が多く出ています。シーメンスにもそのような商材があります。ただ、デジタルツインが完成すると、生産設備での生産時に不具合が起こるのが分かるため、検査工程は必要なくなると考えています。それは、今すぐということではないですが、本当のスマートファクトリーでは、検査工程は不要になると考えます。

デジタルツインの完成形とは

Q: デジタルツイン構想は、いつ完成するのですか。

シーメンス: すぐに完成することを期待されるのですが、課題はいろいろなところにあります。しかし「最も完成している工場はどこか」と問われたら、シーメンスの工場ですと答えています。われわれはオートメーション機器などを提供する一方で、製造業でもありますので、自社のコントローラー、シミュレーションソフト、プラットフォームを使って、少しずつ改善しながらデジタルツイン化を進めています。その取り組みは、20年ほど前から行っており、その間で、同じ従業員数ながらも生産数は10数倍増加しています。また、品質に関しても、不良の割合は劇的に減少しています。既に多くの成果が出ており、徐々にではありますが一歩一歩完成に近づいているといえます。

Q: デジタルツインはまだ形にはなっていないのですか。

シーメンス: 部分的に形になっているというのが現状です。例えば「まずはロボットシミュレーションから手をつけよう」「IoTを進めよう」「プラットフォームのシミュレーションから始めよう」という状況です。それら全てを一斉にやろうとすると、かなりのコストがかかりますので、トライ&エラーでアジャイル開発をやっていくことになります。その中でもさまざまな課題が出てきますが、シーメンスとしては、何でもカバーできるような体制を整えることが使命だと考えておりますので、デジタルツインを早期のうちに形にすべく取り組んでいます。

Q: デジタルツイン構想は、日本のメーカーにはない野望のように感じますが、その点はいかがでしょうか

シーメンス: 各企業の知見が異なるため、それぞれの強い部分、得意な領域に深く入っていこうとしているだけなのだと考えます。例えば、コントローラーでいえば、シーメンスとファナックはグローバルで考えれば競合になりますが、MindSphereとフィールドシステムの領域では、お互いに協力していこうという動きが生まれています。それぞれの良いところで協調して、製造業のデジタル化を少しでも早く進められれば良いと考えます。

Q: 未来の製造業の在り方はどのようになっていくと考えますか

シーメンス: AIや工作機械など、製造業の発展を支える技術を持った素晴らしい企業はたくさんあると思います。シーメンスでは、IT機器や設計工程だけに素晴らしいツールを提供するのではなく、モノづくりの会社として現場を考え、現場レベルで求められるデバイス、設計ツール、シミュレーションまでトータルで提案することが真の製造業のデジタル化だと考えています。そのため、できるだけ新しいものは作らず、既存のもの、オープンなものを使っています。

 また、グローバルで徹底的にパートナーを集めています。IoTの定義とは何かを考えた時、私たちは“早く簡単につなげる”ことだと理解しています。ただ、ありとあらゆるものがつながっていく中でプロトコル対応をシーメンスに依存させるとなると、顧客がシーメンスの開発スピードに振り回されることになってしまいます。そうではなく「つながるための仕組みを開放し、誰でもつなげられるようにする」というのがシーメンスの目指す姿です。製造業のデジタル化を進めていく中で、トータルで提案していくこともありますが、顧客が、ここは絶対に変えたくない、というものがあれば、そこはオープンに考えています。そのためには、パートナーをたくさん作り、一緒にIoTビジネスを展開し、結果としてそれぞれのビジネスも発展していけば良いというのが思いです。日本でも、多くの企業とアライアンスを組んでいるので、いろいろなことに幅広く対応できると考えています。

工場の中だけでなく外でもつながる

これまでの日本の製造業は、優秀な作業員がその場で起こるさまざまなことに迅速に対応し、装置や製品の安定性を担ってきた。そして、そうした人の力こそが日本の製造業が世界との競争に打ち勝ってきた源泉だったといえる。しかし、時代は移り変わり、工場で起こること全てがインターネットでつながり、デジタル化が加速する未来において、人だけに依存した体制では、世界との差が離れていくだけである。

また、話を伺う中で、工場内でつながるだけではなく、工場の外でつながっていくことがIIoTの実現にとって重要なことだと実感した。デジタルツインの実現に向けてはIoT化やセキュリティなど、まだまだ多くの課題があるという。しかし、こうした大きな変革こそが、日本の製造業に求められる動きではないだろうか。